三浦日記

音楽ライターの日記のようなもの

エレカシの日比谷野音 2019 2日目 ライブレポート―30回目の野音、雨の祝祭

エレファントカシマシ30回目の野音の2日目は雨。ただ、この日も多くの人が集まってきていた。空はどんよりと鉛色になり、ビルの上の方は靄がかかっている。日比谷公園の池のほとりにある、木の下で開演の時を待つ。粒の大きい夏の雨が木に当たり、それが時折風と共に勢いよく落ちてくる。傘はほとんど意味をなさない。雨具を持ってくればよかったとひどく後悔した。そうこうしているうちに、野音の壁の近くの場所はみるみる人が増えてきている。ふと、日比谷公園を散策していた外国人観光客の方に、ここで何かが行われるのかと聞かれた。たしかに、こんなにも雨が降りしきる中で沢山の人がじっと立ち尽くしている光景をみたら、誰だって驚くはずだ。

今日は、日本を代表するロックバンドのコンサートがあるんです――。

そう答えた。

 

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開演時間を5分ほど過ぎてSEが止まり、会場内から歓声が上がった。一足遅れて外で聴いているこちらでも開演したのがわかる。1曲目はシグナル。スローテンポでしっとりとした曲調ながら力強い歌唱によって音の波が、じんわりと野音から広がってゆくような感覚がした。続いて披露されたのは、「愛の夢をくれ」。初日は、やや抑えめに歌唱しているようにも聴こえてきたのだがこの日は、かなり荒々しく牙をむいたように歌っているのが分かる。曲のアウトロでは、つんざくようなロングシャウトと共に、〈あなたなしではいられない〉という部分が被せられたかと思うと今度は、"ハッハッハッハッハ"と悪魔のような笑い声が響き渡った。そして、「孤独な旅人」⦅『ココロに花を』(1996)収録⦆、「明日に向かって走れ」⦅『明日に向かって走れ-月夜の歌-』(1997)収録⦆へ。やはりこの日は、雨に負けまいと、いつものライブよりもシャウトが多い。それはなんというか、自分だけではなく空間自体を奮い立たせているかのようにも聴こえてくるのだった。日比谷野音といえば、エピックソニー期(デビューから1994年まで)の楽曲が序盤に演奏されることが多いが、今回はポニーキャニオン期。彼らのライブは毎回予定調和みたいなものを覆してくるのだが、こうきたか、という感じで驚かされるのだった。

 

この日のハイライトは何といっても「こうして部屋で寝転んでるとまるで死ぬのを待ってるみたい」だった。"大衆性"と"ポップさ"で打ち出した、『STARTING OVER』(2008)の中でもかなりダウナーで、冷たいサウンドが内包しているこの楽曲。音が、雨の公園にピタッと合わさり、まるで心象風景のように映る。アウトロは長く、キーが異なる中で、サビの部分の歌詞をメロディーを変えながらリフレインさせてゆく。そして、プツリと切れ、ギターのハウリングの余韻だけが物憂げに残る。何とも無慈悲な終わり方だった。この曲は、日比谷野音で演奏されたのは初めてだったからか、ユニバーサルミュージック期の楽曲であってもかなり新鮮に聴こえてきた。

 

「リッスントゥザミュージック」からは、ストリングチームを迎え、野音が華やかに彩っていく。シンプルなバンド・サウンドを軸とした近年の野音の作法とは、全く異なっていた。さらに、「彼女は買い物の帰り道」、「笑顔の未来へ」、そして「ハナウタ~遠い昔からの物語~」と、続けざまにユニバーサル期の美しいメロディの楽曲が続く。宮本はMCで「こんな野音があってもいいじゃないか、たまには!」といっていたが、ここまで華やかな野音は、なかなか新鮮である。普通であれば、定番曲を演奏してもそんな風には思えないはずだ。おそらくこの野音という場所、そして彼らが培ってきた固定観念のようなものを打ち壊したことで、定番曲をいつもとは違う表情にさせたように思える。

 

ライブ中盤、宮本が「ここでゲストの方を紹介させてください。土方隆行さんです」というのが聴こえた。彼は『ココロに花を』(1996)のプロデューサー/ギタリストとして、エレファントカシマシの復活に花を添えた、いわばバンドの師のような人物である。土方隆行をギタリストに交えて披露されたのは、「四月の風」、そして圧巻だったのは「悲しみの果て」だった。間奏部分のエモーショナルなギターソロ、そして〈部屋を飾ろう コーヒーを飲もう 花を飾ってくれよ〉の部分では、Queenの重ね録りのようなギターのハーモニーが乗せられる。するとたちまち、初めてこの曲で心を揺り動かされた時のような、全身が湧き上がるような感覚に襲われた。なんと情緒纏綿な曲なんだろうか―。もはやルーティーンのように聴いているはずなのに、この時ばかりは不思議とそう思うのだった。そのままサポートに、土方氏を迎え披露されたのは「今宵の月のように」。この日はいつも以上にのびやかに、そして30回目の野音を祝福する賛歌のように聴こえた。

 

2部は、4人体制の「RAINBOW」で幕を開ける。サポートを交え、ギター2本で演奏されることが多いこの曲であるが、リードギターの石森一人に委ねたことで、エピックソニーの時のようなスリリンサを持っていた。雨の野音に一段と映えていたのは、「かけだす男」。曇り模様だった初日とは違い、より音と風景が一体となって、さらには雨粒に音が染み込んでいるような錯覚すら覚えるのだった。そして「月の夜」へ。アコースティックギターの音と宮本の歌声、その余白を埋めるかのように雨の音と、信号の誘導音が重なってゆく。続いて披露されたのは、日比谷野音の定番となった「武蔵野」であるがこの日も、変わりゆく野音の風景と見事に溶け込んでいた。

 

「雨の中なのにこんな盛り上がっているなんて、なんてやつなんだ!盛り上がってくれてありがとう!さあ、もういっちょ頑張ろうぜ!」といって披露されたのは「俺たちの明日」。そして「友達がいるのさ」へ。聴衆の方に目を向けると、壁の向こうの光へ祈りをささげるようにじっと聴いていた。野音はいつの間にか、なんの変哲もないコンクリートの建物から、生気を帯びたようなパワースポットになっていた。2部の最後を締めくくったのは、サポートメンバー全員を交えての「ズレてる方がいい」。これまでの30年の野音の一つの集大成のような、凄みのある演奏だった。アンコールには「so many people」が披露され、雨を吹き飛ばすくらいのボルテージに包まれる。そして30回目の雨の野音は、「ファイティングマン」、「星の降るような夜に」で力強く締めくくられた――。

 

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約2時間半、26曲。例年よりも少なめの曲目であったが、その内容は非常に充実していた。これまでエレファントカシマシをサポートしてきたメンバーたちが一堂に会し、同じステージで競演をする。そして演奏される曲目は、ポニーキャニオン期とユニバーサルミュージック期(蔦谷好位置プロデュースの時期)の華やかな楽曲が中心。予定調和という言葉があるが、エピックソニー期の楽曲を皮切りに、バンドの軌跡を時代順にたどるような近年のセットリストがそうだとすれば、今回は見事にそれを壊すことに成功しているようにも思える。記念すべき30回目、雨の野音は、まさに"祝祭"のようなライブだった。

 

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2019/07/06(土) 日比谷野外大音楽堂 セットリスト

01. シグナル
02. 愛の夢をくれ
03. 孤独な旅人
04. 明日に向かって走れ
05. 面影(おもかげ)
06. こうして部屋で寝転んでるとまるで死ぬのを待ってるみたい
07. 翳りゆく部屋
08. リッスントゥザミュージック
09. 彼女は買い物の帰り道
10. 笑顔の未来へ
11. ハナウタ~遠い昔からの物語~
12. 明日への記憶
13. 旅立ちの朝
14. 四月の風
15. 悲しみの果て
16. 今宵の月のように
17. RAINBOW
18. かけだす男
19. 月の夜
20. 武蔵野
21. 俺たちの明日
22. 友達がいるのさ
23. ズレてる方がいい

アンコール1

24. so many people

アンコール2

25. ファイティングマン
26. 星の降るような夜に